さっき、NHKで「ブラタモリ」って番組があって途中から見た。
始めは明治神宮の森が人工的に作られたところから始まり、そこから湧き出る川をたどり、今の地図には無い裏原宿の地下に隠れてしまった川を辿る、そして表参道の当時、明治神宮まで連なっていた痕跡を見つけると言うものだった。
そこで昔の面影が残る川の岸壁や、石垣を見つけては感化する。
昔の人がここに住んでいた痕跡を発見する。
そして、自分がこの場所に生きている事に気づく。
これが非常に面白かった。
山から帰ってきて、山に対する見方が変わった一つの点がまさにこの事。
山小屋の小屋番は国から登山道の整備を委託されているので、もちろん草を刈ったり、足場の悪い場所は階段や石段を作って一つの道を作る。
尾根道や、巻き道、沢沿いの道。
雨で水たまりが出来やすくなった道には、避けて登山道が荒らされない為にもその上に木板で橋を作ったり、景観を楽しめそうな道にも迂回するルート作ってみたりする。
もちろん、傾斜なんて気にせずに時間だけを稼げる直登の道も作る。
山の事をすごくよく考えてる小屋番は、植物を再生する為に、踏み固められ過ぎた道を通行止めにし、新たな道を作る。
そうやって刈り出された道は、まず小屋の人が頻繁に通り、ある程度道を踏み固める。
ある程度踏み固められた道は興味旺盛な登山者がおそるおそるかすかな道を進む。
そして、その道が正しいと判断した登山者はしだいに木に赤テープを止め、道しるべを作る。
その道の案内板が建てられるころには、多くの登山者が入るようになって明らかな踏み跡「道」ができる。
そして今僕が歩く登山道が、その「道」だ。
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