二日目の朝。外で御来光を浴びて朝食。ちなみに朝食は5:30。山の朝は早い。
小屋の前で記念撮影後、出発。今日は中道経由で三俣蓮華岳までいって、それから黒部五郎小舎へ。
昨日見れなかった槍ヶ岳とついにご対面!樅沢岳の後ろの方からじわじわと顔を出し、彼女も僕もテンションがあがる。
振り返るとこんな風景。双六岳に向かう分岐から稜線に出るまでは平坦な道が続き、最高に気持ちの良いトレイル。夏場はお花畑で沢山の高山植物が見れる場所。
稜線に出て、また彼女お気に入りの尾根道歩き。一時反対側にガスが出てこちら側から強い日差しがさしていたのでブロッケンがみれそうだったけど場所が悪かった。
そうこうしているうちに三俣蓮華岳の山頂に到着。2841m。ここは富山県、岐阜県、長野県の県境で鷲羽岳・水晶岳方面、黒部五郎岳方面の分岐でもある。鷲羽岳方面に下りると三俣山荘というこの周辺ではもっとも歴史の長い山小屋がある。
ここからは黒部五郎岳に向かう。この山の鞍部に僕が北アルプス山小屋生活一年目を過ごした黒部五郎小舎がある。山容はクソでかいハーフパイプのようにえぐられたカール地形(氷河期時代の浸食の跡)をしていて、そのカールの中は写真や映像にはとらえきれないほどの神秘的な光景が広がる。人名みたいな山の名前だけど、人名ではなく、黒部村の五郎岳(ゴロゴロした山)というのが由来。北アルプスには他にも野口五郎の芸名の由来にもなった野口五郎岳(野口村のゴロゴロした山)がある。
稜線上から外れて、鞍部の方に下ると黒部五郎小舎が見えてきた。おっきな自然にちっさな小屋ひとつ。見えてきた瞬間またまぶたが熱くなり、結局押さえきれずにどっと涙があふれてきた。僕が人生で初めて働いた山小屋はどこの登山口からも一泊以上しないとこれないほど遠く、携帯の電波も皆無のほんとに人里離れた場所。僕はここで働いているとき2ヶ月以上メールも受信できなかった。サラリーマンをリタイアして登山を始めた中高年達は百名山めぐりをする人が多いのだが、もちろんそのゴールとしてここの山を最後に選ぶ人も少なくなかった。
支配人の石井さん、渓流釣りの達人ごめさんに、毛むくじゃらの加賀山さん。遊びに来ていたチビ太さんにも再会。変わっていたのはテレビくらいで、ほかは何にも変わらない。壁には小屋締めの間に溶けた雪渓の水位の跡と、手巻きの時計。仲の良かった真一くんの作ったメニュー表に、僕の作った売店のTシャツのハンガーまで。一緒にお茶をしたあとに荷物を置いて、稜線コースで黒部五郎岳へ。
小屋から向かう黒部五郎岳山頂へは稜線コースでコースタイム3時間と長い道のり。カール壁の上からカールの底を一望できる景観の良い登山道だが、一部ごつごつした岩場を越えるところもある。
山頂付近が近づいてきた!昨日と同じく上空は少しずつガスが出始め、日が陰るようになってきたが、雨は降らなそうなのでひと安心。ここまで来ると自然の雄大さに人間の常識なんかもぶち壊されて景色を見ても目のピントが合わなくなる。
黒部五郎岳山頂に到着。2839.6m。山頂付近は座布団くらいの大きさの岩が無数に散らばっていて、山にいるのに珊瑚礁の上を歩いているような感覚。歩くと岩がカラカラを音をたてる。山頂からカールの底をのぞき込むとこんな風景。18mmの広角でも入りきらないこの山容は来たものしかわからない奥深さがある。
帰りは山頂からカールコース方面に下山。久しぶりのカールの中。何度来ても心が奪われる。彼女もその自然にビックリして、「ここで一日中のんびりしたーい!」とずっと駄々をこねていた。一度、双六小屋の支配人の陽さんと二人で深夜から朝方まで雨と濃霧の中捜索に出たと事があるんだけど、稜線コースからまわってカールに着いたとたんに雲の切れ間から月明かりが差し、カールの無数の石が照らされて白く浮かび上がったときは本当に感動した。
夕食の時間も近いので下山。小屋閉めが近いので早速防腐剤を塗っていた。この小屋の支配人石井さんは毎晩黙々と天ぷらを揚げるんだけど、ある日僕が釜番で米の水を入れ忘れ、厨房の中で小さな圧力鍋で急いで米を炊いて夕食には間に合ったがやるせなくってぽつんとしていたときに、揚げたての天ぷらを黙って口の中に入れてきた。この時はほんとに厨房の中で大量の涙があふれだした。僕の知る唯一背中で語ることの出来る男が、この本当に小さな山小屋を守っている。
黒部五郎小舎の夕食。ここも双六と同じくメインは天ぷらなんだけど、ここの天ぷらは本当に美味しい。お客さんがピークの時は夕食の時間に揚げるととてもじゃないが間に合わないので昼頃から揚げるときもあるんだけど、支配人の石井さんが揚げた天ぷらは夜になってもカリカリサクサクしてる。当時、不思議でしょうがなかった。
その後、部屋で仮眠をとりスタッフのみんなと晩酌。今度はちゃんと起きた。あいかわらず、石井さんとあれやこれやと妄想をふくらませる。その僕の落ち着きように彼女が親戚と一緒にいるみたいな落ち着きようだと言っていた。彼女も地元の近いスタッフのごめさんと仲良く話せたみたいで楽しそうだった。
明日は双六岳に行って鏡平泊。